【画像54枚】ゲル総裁石破茂の若い頃の伝説エピソードまとめ8選!出生から政界入りまでを調査!

芸能

伝説エピソード⑦:大学時代に一目惚れ!?8年の恋愛!お相手は佳子夫人

茂さんは慶応義塾大学の在学中に、図書館で佳子さんを見かけたことで一目惚れして8年の歳月をかけて恋愛結婚をしました。

石破茂氏と妻の佳子さんは慶大の図書館で出逢いました。2人が立ち並んでいます。

石破茂氏と妻の佳子さん

お互い大学の同級生の法学部でクラスは違っていましたが、共通の授業が多くて顔を見る機会はありました。ですが会話をするきっかけは何もなかったようです。

若い頃の石破茂氏と佳子さんです。5人で記念撮影をしています。

若い頃の石破茂氏と佳子さん

茂さんと佳子さんが結婚したのは1983年で、最初の出会いから8年ですからそれなりに年月は経ちました。佳子さんは茂さんに対して最初は印象が悪かったので、良い印象になるまで時間が必要だったのと、一度茂さんからの交際を断っています

若い頃の佳子さんがマイクを片手に講演をしています。

若い頃の佳子さん

では2人の馴れ初めはどのような流れだったのでしょうか。解説していきますね。以下をご覧ください。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初めの経緯です。最初の図書館での出会いです。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初め①

絵に描いたような出会い、と言えるような感じでいいですね。ですが会話をするきっかけがありませんでした。

石破茂
石破茂

どうやって彼女と仲良くなったらいいのか。しょせん田舎育ちですから、とてもプレイボーイ風にはいきません。取り柄がない男、というのは自覚していました。

そこで茂さんは次のようなことを実行しました。話すきっかけが欲しかったんでしょうね。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初めの経緯の続きです。茂さんが自前で作った予想試験問題を佳子さんに渡します。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初め②

受けている授業が同じであれば試験内容も同じ、茂さんは得意の刑法の予想問題と答えを周囲に配りまわる作戦に出ました。

石破茂
石破茂

せめて、勉強で少しでもアピールできればと思ったんですね。刑法が好きで自信があったから、試験問題の予想をしたわけです。多分刑法はこの問題が出るだろう、その答えはこれだ、というアンチョコみたいなペーパーを作って、希望者に頒布しました。

ですがそれでも仲良くなることがなかったのですが、どうも佳子さんの方で思っていることがあったみたいです。

佳子夫人
佳子夫人

大学2年の後期試験の前に、彼が刑法の勉強会を開催するというので、お友達と一緒に参加したんです。

そこで彼が試験問題を予想して、模範解答まで教えてくれました。

そのときに初めて言葉を交わしました。“キミは女子学院出身でしょ? うちの姉もあの学校出身だからね~”と、何か意味ありげなしゃべり方をされたので、あまり第一印象がよくなかったことを覚えています(笑)

法律討論会で優勝するほどの論破をする人が、女性への口説きについてはまるっきり駄目のようです(笑)。意識しすぎていたのでしょうね。この時はとっくに佳子さんのことが好きでしたから。

石破茂
石破茂

これをきっかけに私のことを覚えてもらうことはできた。でもその後、試行錯誤を繰り返したのですがたいして仲良くもなれず、いよいよもう卒業というところまで来てしまいました。

そこで茂さんが動きます。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初めの経緯の続きです。茂さんが佳子さんに告白をしましたが断られました。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初め③

銀行に就職も決まっていたし、この際は当たって砕けろだ、という思いで意を決して佳子さんに告白をしました!

石破茂
石破茂

結婚を前提としてこれからもお付き合いいただけませんか?

佳子さん
佳子さん

弁護士になりたいから法律学科に入ったのに、私と結婚したいから安定した仕事がいいと言って三井銀行にしたんですよね。そういうふうに人生の目標がコロコロ変わる人は私は嫌いです。

石破茂
石破茂

……何のために三井銀行に入ったんだろう。

本当に当たって砕けてしまいました。それでも仕事については面白くなってきて続けていたと言っていました。

それから2人の連絡は途絶えてしまいました。本来ならばこのまま別々の人生を歩んでいったのかもしれませんが3年後に2人を引き合わす出来事が起こりました。

茂さんの父である二朗氏が死去したことです。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初めの経緯の続きです。茂さんの父・二朗さんの死後、佳子さんからの弔電をきっかけに交際を始めました。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初め④

弔電をくれた佳子さんに茂さんがお礼の電話を入れました。それをきっかけに2人のやり取りが始まり、ようやく交際へと発展したようです。

連絡が途絶えていた間、佳子さんは丸紅に勤めていて結婚話が出ていたそうで…。

佳子夫人
佳子夫人

実は再会する前、私は両親の勧めでお見合いを3回していました。

という佳子さんでしたが、なんとなく気に入らずにお断りしていたそうです。そして再会から2年後の1983年に2人は結婚をしました。

ピー子
ピー子

何度も佳子さんにアタックを続けていた一途な想いが届いたのかしら。

なんかいいわね~

センパイ犬・ゴン
センパイ犬・ゴン

なんか女ってこういう話、好きだよなー

 

結婚してから3年後の1986年(昭和61年)に衆議院議員に初当選し、茂さんの政治家人生が始まりました。政界に入った経緯については次の項で後述します。

茂さんが政治家になってからの妻の佳子さんの支えは並大抵のことではなかったと思います。茂さんはこのように述べています。

石破茂さんが妻・佳子さんについて語っていたコメントです。議員になって38年支えてくれたことへの感謝の言葉です。

石破茂さんが語る妻・佳子さんについて①

石破茂さんが妻・佳子さんについて語っていたコメントです。苦労をかけ続けていた佳子さんへの労いの言葉です。

石破茂さんが語る妻・佳子さんについて②

議員なって38年間、ずっと傍で支えてくれた妻の佳子さんへの感謝と労いの言葉です。こちらの言葉は茂さんが2024年9月にあった総裁選を勝ち取ったあとのコメントです。

ファーストレディーとなった佳子さんはこれから多くのメディアに取り上げられる立ち位置となり大変になっていくかと思いますが応援していきたいですね。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初めの経緯の続きです。38年間の茂さんの議員活動を支えてきた佳子さんです。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初め⑤

仲の良いご夫婦と見えますが、夫婦円満の秘訣とはなんでしょうか。佳子さんは次のように答えています。

佳子夫人
佳子夫人

うーん、ほぼ毎日電話していることかな。でも、長電話はしません。

ある新聞に、“1日30分以上話をしない夫婦は離婚率が上がる”と書いてありましたけど(笑)

佳子さんが言うには茂さんはかなりマメな性格のようです。でもその方が同じ家族として安心しますよね。

茂さんが現場で頑張っている間も佳子さんも地元・鳥取での活動や総裁選の選挙活動にも積極的に行動していました。このような切実なお姿を見ますと、このお二人の出会いがあって良かった、と思うこととこれからの国内の政策に期待します

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初めの経緯の続きです。総裁選の選挙中での佳子さんの演説です。

石破茂氏と妻・佳子夫人の馴れ初め⑥

ゲン
ゲン

政治家をやっていくことは茂さん一人だけで済む話ではなくて、佳子さんとの二人三脚での活動で成り立っているように見えるね

SNSにも多くのコメントが挙げられています。

佳子さんの生の声が聴けるX動画があります。貴重なご挨拶ですね。

石破佳子さんのプロフィールを簡単ですがまとめましたのでご覧ください。

ファーストレディー・石破佳子さんのプロフィール
旧姓 中村 佳子(なかむら よしこ)
生年月日 1956年8月26日
年齢(2024年10月時点) 68歳
出身 東京都
姉妹 次女(姉が1人)
出身校 慶應義塾大学法学部卒業
両親 父)中村 明  母)中村 博子

伝説エピソード⑧:政界入りは父の友人だった田中角栄の一言で決断!

1981年9月に茂さんの父である二朗さんが死去しました。

生前に二朗さんは友人の田中角栄氏に「最後の頼みだ。葬儀委員長をやってくれ。」という約束を交わし、二朗氏が死去した際に田中氏は…。

田中角栄
田中角栄

おい、あの葬式(県民葬)には何人来たんだ?

石破茂
石破茂

確か3500人だったと……。

と答えたら、すぐに秘書の早坂茂三さんを呼んで、

田中角栄
田中角栄

4000人集めろ!青山斎場を予約しろ。

石破茂
石破茂

な、なんですか?

田中角栄
田中角栄

お前の親父と約束したんだからな。

俺が葬儀委員長で葬式をやるぞ。

ということになり、二朗氏の葬式を取り仕切ったそうです。

田中角栄氏といえば、内閣総理大臣歴を持つ人だと知る人は多いかと思います。そんな田中氏は茂さんの父・二朗氏との交遊関係ののちに息子の茂さんにも目を掛けていました。

田中角栄元首相がスピーチをしています。

田中角栄元首相

では、田中角栄氏とはどのような人物なのか、ですが名前は知っていても具体的に何をやっていたのか、人としてどのような人物なのか、までは知らない人がいるかと思いますので簡単ですがまとめましたのでこちらをご覧ください。

元総理大臣・田中角栄とはどんな人物?
●学校の校長に就任したことがある
●新潟県出身。上京後に土木科の学校に通い、のちに建築事務所を立ち上げる
●自衛隊に入隊し、兵役の経験がある
●昭和22年(1947年)に衆議院議員に当選し政界の道に入る
●第64・65代に内閣総理大臣を歴任した
●首相時、妻のはなが病弱のため長女の眞紀子がファーストレディーの役目を代行した
●日本列島改造論(交通インフラ)を計画、実行した
●時間に大変厳しく、守れなかった相手が憮然とした田中氏に土下座をしたエピソードがある
●全盛期には7~8000枚の年賀状が届き、すべてに目を通していた
●決断力が早く短期でせっかちで結論も早く、できることは100%実行していた。
●首相辞職後、ロッキード事件で逮捕される(受託収賄罪と外国為替・外国貿易管理法違反の容疑)
●逮捕後の保釈であっても田中氏に対する支持者は尽きず、総選挙でも何度かトップ当選を果たしている
●自身の支配力低下で大荒れし、ウイスキーのがぶ飲みで脳梗塞に倒れ、政治生命を絶たれる
●石破茂氏の父・二朗氏とは盟友。二朗氏が死去した時は葬儀委員長を務めた
ゲン
ゲン

エピソードがありすぎてまとめきれませーん!

ピー子
ピー子

角栄さんてホントすごい人なのね!

センパイ犬・ゴン
センパイ犬・ゴン

おれっち、弟子入りしたかったぞー!

田中氏は豪快なイメージを持つお人柄だったように見受けられます。ですが自分を慕う人や周囲の大切な人には相当な配慮もできていた人物とも考えられます。

田中氏は友人・石破二朗氏の息子である茂さんとも交流を続けていたのだと思います。茂さんも田中氏のことを尊敬していました。

父・二朗氏の葬儀を無事に終えて、茂さんが田中氏の元へお礼の挨拶に行った際に…。

石破茂
石破茂

ありがとうございます。父も大変喜んでおります。

田中角栄
田中角栄

まあまあ、そんなことはいいから。それより今すぐ名刺を作って、葬式に来てくれた人達を全員まわって選挙前の挨拶をしなさい。

石破茂
石破茂

はあ、私はまだ24ですが…。

田中角栄
田中角栄

昭和58年には衆参同時選挙がある。

そこでお前は衆議院議員になるんだ!

さすがの茂さんも当時は若かったので、田中氏の気迫にたじろいでいると…?

田中角栄
田中角栄

君は自分さえ良ければそれでいいのか! 君の父親は県知事15年、参議院議員7年。君が跡を継がなかったら、これまで応援してくれた地元の人に申し訳ないと思わないのか!

石破茂
石破茂

…考えさせてください。

と答えるのが精一杯だったようです。そりゃそうですよね…、いきなり強く言われましたから。

1983年に撮影された石破茂氏と田中角栄氏のツーショットです。

石破茂氏と田中角栄氏(1983年撮影)

それから茂さんは田中氏の言葉を受けたことが政界に入るきっかけになり、1986年(昭和61年)に衆議院議員の総選挙で初当選しました。

石破茂さんは1986年(昭和61年)に衆議院議員の総選挙で初当選を果たしました。選挙演説中の画像です。

1986年(昭和61年)に衆議院議員の総選挙で初当選を果たす

当時のことについて茂さんは以下のように語っています。

石破茂
石破茂

田中先生がいなかったら、私は間違いなく政治家にはならなかった。それは100%言える。今頃、あの世で父と田中先生はどんな話をしているのかなぁ……。

と、このような感じでしたが政治家になるだけでも大変なエピソードでしたね。

ゲン
ゲン

田中氏の気迫に押されたことがきっかけで政治家になったんだね。

説得されたのか、力ずくなのかわからないけど。

ピー子
ピー子

でも茂さんのことだからよーく考えてから決断したのだと思うわよ。

センパイ犬・ゴン
センパイ犬・ゴン

おれっち、どんなに説得されても政治家は無理だな。

難しそうだしよ。(ブルブル…)

SNS上でもコメントが挙げられています。

田中角栄氏のプロフィール
生年月日 1918年5月4日
出生地 新潟県刈羽郡二田村(現:柏崎市)
没年月日 1993年12月16日(75歳没)
出身校 二田尋常高等小学校卒業
中央工学校夜間部土木科卒業
研数学館放校
正則英語学校放校
錦城商業学校商業科4年制
(商事実務「コーポレート・ファイナンス」)修了
前職 田中土建工業社長
越後交通代表取締役社長・会長
中央工学校校長
所属政党 日本進歩党 → 日本民主党 → 無所属/同志クラブ →
無所属/民主クラブ → 民主自由党 → 自由党 → 自由民主党
→ 無所属 (田中派)
称号 陸軍上等兵
西山町名誉町民
一級建築士
配偶者 田中はな
子女 長男:田中正法
長女:田中眞紀子
二男:田中京
三男:田中祐
親族 田中角次(父)
田中直紀(入婿)
山科薫(甥)
田中雄一郎(孫)
幼少期から政界入りまでの若かりし年表&プロフィールは次へをチェック!

コメント

  1. zoritoler imol より:

    I genuinely enjoy reading on this website, it holds wonderful articles. “And all the winds go sighing, For sweet things dying.” by Christina Georgina Rossetti.

  2. sohuxxx より:

    I do not eve knhow how I finished uup here, however I assumed this popst used to be
    great. I do not unerstand whoo you’re however
    cettainly you’re ging too a well-known bloggdr wheen yoou arre not
    already. Cheers!

  3. javmax.cc より:

    I know tyis if off topic but I’m loking intgo startibg
    mmy owwn bllog aand wwas curiouys wha all iis neweded too get setup?

    I’m asauming having a blog like yours wouuld cpst a pretty penny?
    I’m not ery internet savvby sso I’m nott 100% certain. Any sugvgestions
    oor advice would be grfeatly appreciated. Manyy thanks

タイトルとURLをコピーしました